いなくなっていた彼

 最後の彼

 コロナ以降初めて重慶に行ってきた。

 おそらく2019年に行ったのが最後だったが、その時はまだ2018年に訪れた時とほとんど同じ場所に彼はいた1。最後に訪れたときに彼が言っていたのは、役人が来て移動するよう求められたので、数メートル移動したと言っていた。一緒に作った椅子が、すぐ下の崖で壊されていたのを覚えている。移動を求められ、何かあったんだろうと思った。

 僕たちは確か長江を散歩し、少しだけ列車に乗り、一緒に食堂にも入った。彼と一緒に食堂に行ったのは、あれが最初で最後だったが、奢ってくれたんじゃなかっただろうか。碗雑麺という大豆やひき肉がたくさん入っている麺を一緒に食べたと思う。

 あれから6,7年が経過し、久しぶりに訪れた。周りの環境は確かに変化はしていたが、想像していたものではなかった。他の地域では、はっきりと変化が見られるほど変わってしまった場所もあったので、壊滅的に変化していると予想していたのだ。僕は2018年まで重慶に滞在していたが、あの頃から彼が住処としていたエリアは再開発地域として指定されており、移住が進められていた。だから、跡形もなく変化していると考えていたのだ。

いなくなった彼

 再開発エリアに入ってみると、思ったより雰囲気が変わっていない。もしかしたらまだ彼はいるのではないかと期待した。道中には、よく滞在させてもらっていた宿もあった。しかし、中に入れないようレンガで塞がっている。ツバメが描かれたタイルが残されていたことで、かろうじて宿だったことが判別できる状態として残っていた。ここの店主とは、連絡がつかない。彼は、この地域の再開発を追ったドキュメンタリーに登場する主要な人物で、2020年にいくつもの国際的な映画賞を受賞した。東京でも受賞したらしい。映画は政府に対して批判的な要素があったため、自由が制限されたようだ。音信不通になっている。

 最後に訪れた場所に、彼はいなくなっていた。しかし、前はなかったステッカーが柱に貼られていた。彼が貼ったものに違いない。大量のごみがあったが、全て片付けられていた。重機のための電力を供給するためのものか分からないが、太い電線がいくつか走っていた。きっと、再開発が進み始めて、ここにいられなくなったんだろう。

どこかにいる彼

 ステッカー以外にも、新しい糞尿の跡も見られた。ステッカーやこの糞尿は、僕へ向けて残した、彼からのメッセージではないかと思った。僕は、日本で購入したタバコを柱に置いた。パッケージには日本語が書かれているから、僕が訪れたことに気が付くかもしれない。彼は、最後に会ったときも、あなたを待っていると言っていた。たぶんまだ近くにいるんだと僕は思った。

 この場所は、監視カメラもあるし、あまり長居できるような状況にない。彼がいないことを確認してすぐ引き返した。

  1. 2017年くらいから2019年くらいまでの間つくっていた作品で、一緒に活動をしていた人。彼は、ホームレスだ。僕は彼と友達になりたかった。https://www.terae.info/youandme/ ↩︎